[編集者より]インターネットのフェミニスト原則:2年後

[編集者より]インターネットのフェミニスト原則:2年後

2016年5月31日

Dhyta Caturani

ある友人はかつて言った。インターネットは女性に多くの機会を切り開き、開放性というその初期の性質により、ジェンダー平等な空間である、と。私はうなずいた。小さなうなずきだった。なぜなら、頭の中を多くの疑問が駆け巡っていたからである。そんなにも開放的であるなら、なぜオンラインにいる女性の数は男性よりも少ないのか? ジェンダー平等であるなら、なぜ女性はオンラインで意見を率直に述べたことによって攻撃されているのか? ジェンダー平等であるなら、なぜ世界中でインターネットガバナンスに関する対話に加わる道が、女性よりも男性のほうが多いのか? さらに多くのなぜがあった。

ある国際会議に出席したとき、一人の女性記者はオンラインで複数の個人アカウント(ブログとソーシャルメディア)をもっていると話し、いくつかは男性の記者のふりをして、いくつかは本当の素性を使っているという。彼女は、本当の人格と比べて男性の人格のほうが攻撃を受ける回数が少なく、読者から知性的な関わりを得ることが多かったと証言した。話すことに関しても同様である。

2014年と2015年に、晴れやかなマレーシアで「フェミニストのインターネットを想像する」と呼ばれた、第1回と第2回のジェンダーとセクシュアリティ、インターネット会議に招かれて出席した。最初の会議は世界中から50人のフェミニストが出席し、第2回はわずかに少なかった。会議の話題はインターネットだった:その政治学と女性にとって意味すること、オンラインでの女性に対する暴力と私たち女性が日々経験している危害の性質、どのようなインターネットを望むのか。その会議によって、友人が述べたインターネットがジェンダー平等だという考えになぜ私が完全に同意することができなかったのかについてはっきりと理解できた。会議の出席者たちからの豊富な経験は私にインターネットとその政治学について、確固たるものを見せてくれた。

今日私たちがもっているインターネットは、インターネット外の生活を示してみせている。ある人々の集団(女性と、とりわけ有色人種の女性、ジェンダーや性的アイデンティティに不適合のある人々、異なった能力をもつ人々、その他の少数者集団)の周縁化を示してみせる。差別を示してみせる。女嫌いの態度や考えを示してみせる。暴力を示してみせる。世界中で、生活の中で、社会運動や政治運動の中でさえ、女性が誤った表現をされ、過小評価されていることを示してみせる。それは、女性がオフラインで直面していることの拡張である。

第1回会議は15のインターネットのフェミニスト原則を提案し、それはアクセスと経済、表現、同意、自律、作用、運動、市民参加にわけることが出来る。そのひとそろいの原則は、私たちの絶え間のない闘争から拡大したものである。

今、インターネットのフェミニスト原則が最初に誕生してから2年が経ち、フェミニストが自身の置かれた状況の中でその原則をどのように実践しているかを見るため、アクセスと運動、作用に焦点を当てた号をGenderIT.orgは発表している。発達段階の記録として、関連性を持ち続けていることを確認するために絶えず再訪する必要があり、そうでなければ、新たな状況やニーズに合わせてそれを明らかにし、修正し、変化させることさえも必要だった。

この号の中で、前述の話題について触れた様々な国のフェミニストによって書かれた記事を見るだろう。ぜひ、この号のそれぞれの記事を読み、私たちの素晴らしいフェミニストの友人たちの状況と取り組みが、あなた自身の国でのあなたの状況と共鳴するかどうか見てほしい。どんな意見も、あなた自身の経験の共有も、暖かく迎え入れられる。そうすることでのみ、私たちの共同努力を豊かにすることができ、連帯を強めることができるのだから。

 2016-06-29 18:52:55 / shikimi
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[ 原文 ] http://www.genderit.org/node/4745/
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